Monthly Archives: 5月 2016

長野に伝わる妖怪?「モンモン」のピッケ絵本


「モンモン」は長野県の幼児語で妖怪だそうです。2歳の反抗期まっただ中の男の子にとって、見えない→想像でふくらむ→ますますコワイ存在。
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「モンモンは悪い子が大好き。悪い子はとってもいい匂いがするので、山から下りて悪い子を探しています」
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こちらから閲覧できます。※ iPhone、iPad上であれば音声も再生されます。
ママ作の絵本を読んでもらう、男の子のごにょごにょおしゃべりが可愛いです。

チャイケモでいり―プログラム実施中


チャイルド・ケモ・ハウスにて
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【チャイケモでいり―プログラム実施中】(特に神戸、関西の方へ)
さまざまな疾患(小児慢性特定疾患など)で定期的に通院中の子どもたちや、外出が可能な入院中の子どもたちを対象に、日中のプログラムを実施しています。
問い合わせ先:080-3837-5321(平日10:00-17:00)/mail:event@kemohouse.jp
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アートディレクターの於保さんが発表会用のステージをつくってくれていました。
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高遠と伊那の図書館 ~江戸の図書館、昭和の図書館~


長野県の伊那市で開催された「信州発・これからの図書館フォーラム」に参加しました。
記憶うすれていくのがもったいなくて、以下まとまらないまま覚書きメモ。

高遠図書館(現 高遠町図書館)は、明治41年に地元有志による会員制の私立図書館として始まった。
中村不折(「吾輩は猫である」挿絵、新宿中村屋の商品表記などで知られる)による書。
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江戸時代の貴重な資料の数々。
印刷技術誕生の前なので当然なこととはいえ、手で書き写した書物の質と量に圧倒された。「知」の蓄積そのもの。
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天文学は農業にも必須。
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医師の馬嶋家が何代かに渡り、書き写した文庫。膨大な量。
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浅間山の噴火の被災地図。立体になっていて、煙が流れた方向もわかる。被害がどこまで及んだかが細かに記載されている。
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洪水の被災記録。(同様の震災版もあり) 複数人が四方から取り囲み読むことを想定した文字の向き。
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高遠藩藩校「進徳館」も見学。
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「ひとりの落伍者も出さない」互いに学びあう場。それは、新しい時代を迎えようとする幕末において藩にとっての死活問題であったから。儒学にとどまらず、和学、漢学、兵学、砲術、後には洋学も講するなど、実践学を重んじた。
ここで学んだ多くの人が、維新後に教育者となった。この精神はDNAとなり信州の近代教育に今も引き継がれている。

上伊那図書館(現 伊那市創造館)、昭和5年に地元の製糸家の寄付で竣工。
建物の外観も内装も素敵。鉄筋コンクリート建築、外壁に高遠焼(タイル)が貼られている。
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往時の書庫がそのまま残る空間。
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戦前戦中の貴重な資料もアーカイブされている。
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戦火から守るために東京から送られた資料を預かったり、戦後、進駐軍に接収されるとなったとき、資料を守るため大急ぎで他所へ送ったりした。

どちらの館でも、これらを残そうとした人々、保管し後世へ手渡そう伝えようとした人々が居て、長い年月経て今ここにあると思うと、胸が熱くなるよなグッとくるものありました。

アプリ「高遠ぶらり」 。高遠、伊那、内藤新宿の古地図がアーカイブされている。GPSをオンにしたスマホを片手に、江戸時代の地図上の場所を表示しながら街歩きができる。

<自分の関心に引きつけての自分メモ>———-

情報がのるプラットフォームが紙の本である時代が長く続いたために「図書館」と呼ばれているが、集積したいのは「情報」である。プラットフォームは、紙の本とは限らない。
プラットフォームがデジタルになることで、より自由になる。紙は定着し腰を据える感じ、デジタルはフットワーク軽くなる感じ。
むろん、紙の本が魅力あるプラットフォームであることは変わらない。今回のツアーでも大いに魅了された。同じ資料をWebのブラウザ上で見ても、この感動はないだろう。強さがある。
人や物や場所もまた、情報のプラットフォームである。(例えば、ランチタイムに伊那の名物「ローメン」を頂きながら伺った長谷部さんの話。林業から猟師へ。仕留めた鹿を活かしたくて、料理人に転向。マトンでなく鹿を使ったローメンを考案。地産地消になるようごま油を菜種油に、七味も地元のものを使用。「長谷部さん」という「人」に、地域課題、経済、食などリアルな情報がのっている)

デジタルアーカイブは、視聴覚の魅力が強まる、共有や発信がしやすい。一方、再生するための機器も合せて持ち続けなければならないという弱点もある。(平成の今、江戸時代の書物を手にとり読めることを思うと、息が長いのは、むしろ紙の本だったりするわけで…)

インターネットの普及により、個人が膨大なデータベースにアクセスして必要な情報を得ることがとても手軽になった。(得られる情報の質はさておき)
そんな中で図書館へ足を向かわせるには、情報の見せ方(キュレーション)や、人が居る、人と繋がることのライブ感を活かす。明治の高遠図書館では、レコード鑑賞会や、実験や研究など、多様な活動が行われていた。
ネットで手に入る平均化された一般情報よりも、その地域に密着した課題や情報が強い。図書館は、情報が行き交う地域のコミュニティとなりうる。

デジタルの良さは、「創造」への敷居を大きく下げ、「創る」をエンパワーすることにもある。
「創る」ことには、あらゆる学びがつまっている。私自身は、そこに関わっていきたい。
関連ブログ: 子どもたちの考える「未来の図書館」

家庭、学校など教育機関、地域社会。3つが緩やかにつながった多様な社会全体で子どもたちを育てたいと常々考えている。図書館は、その3つともにまたがるではないか、と、今回ハタと気付いた。
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生活知と乖離しない、真の知や学びは、楽しい。

未来に思いを馳せるとき、過去の知の集積にあたり起源を知ることは役立つ。
例えば「進徳館」での実践の学び、学びあいは、いま盛んに言われてるアクティブラーニング。

——— 以上

実に、わくわくする1日でした。眺めも素晴らしかった!
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写真をFacebookのアルバムにアップしました。>>こちら
このフォーラムの主催、仕掛け人である県立長野図書館 平賀研也館長によるまとめ>>こちら