Category: 日々の暮らし・雑感

ワークショップ開催のお知らせ(1/25@東大福武ホール)


あっと言う間に年の瀬ですね。
暮れの静かな街並みを駅に向かうと、町内イベントなのか餅つきの音。
その音に、祖父母宅の裏庭での遠い日の情景が立ちのぼってきました。

せいろで蒸しあがったばかりの熱々を、叔母が両手でホッホと臼まで運び、祖父、父、叔父が代わる代わるついてゆきます。
餅を返す手際の良さは、やはり祖母がいちばんで、かっぽう着の曲った腰のまま、指先まで赤くなった手ですばやく返します。子どもの私は、そのリズミカルで絶妙な間合いの掛け合いを、まばたきもせず見つめていました。年に1度のはずなのに、祖父母や父たちが、どうしてこうも巧みに杵を扱い毎年同じようにできるのか、不思議でもあり大人はすごいと尊敬もしました。
つきあがった餅を、離れで女性陣が丸めてあんころ餅にします。「手を洗ってらっしゃい」の言葉に、この日ばかりは素直に従った10人ほどの小さな頭が並び、懸命に丸めます。あんこを多めに包もうとして破れたり。小さい子たちも、どうにか丸くはして、盆の上にそっと置きます。自分の餅には名前貼りたいくらいの気持ちです。「これ私のだからね」って。

冷たい冬の空気、湯気、杵の音、大人や子どものいそいそ華やいだ様子、手のひらで丸めた感触まで。まるで昨日のことのようにまざまざとよみがえり、しばし、祖父母や取り壊された屋敷に想いを馳せました。
冬の静けさは、心を澄ませてくれるようで気持ちのよいものですね。

肝心なコトを忘れるところでした。
ワークショップのお知らせをしようと、久しぶりにブログを書き始めたのでした。(前回の更新から、こんなに日が経っていたとは… スミマセン。)

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■「ピッケのつくるえほん」ワークショップ ■

会場: 東京大学情報学環・福武ホール地下2階
    「福武ラーニングスタジオ」
日時: 2009年1月25日(日)
   ・幼児クラスA  10:00~11:30 
   ・幼児クラスB  13:00~14:30 
   ・小学生クラス 15:00~17:00
   *小学生クラスのみ所要時間が2時間となります。
定員: 各クラス10名
参加費:各回3,000円(税込み)
講師: 朝倉民枝
主催: NPO法人CANVAS

*参加お申込みは、CANVASの詳細サイトエントリーフォームから。
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来年2009年、最初のワークショップです。
10×3=30。30の新しいお話が生まれる場に、また立ち会えます。
とっても楽しみです。

黄金色


ジブリ美術館~井の頭公園。
とっても日曜日な1日。快晴。

神宮前の銀杏並木を散歩しました。
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黄色いとんがり帽が、てっぺんをまっすぐ天に向けて
視界の先まで並んでいます。

いっぱいの日差しが胸に降り注いだ週末でした。

空を仰ぐ


自宅と事務所の往復(ときどき接骨院経由)
の開発漬けの日々の中、この土日だけは休日!

年に一度、これだけは何があっても、の貴重な時間。
松居直先生や吉田新一先生のお話を伺える
小さな集いに参加しました。

日本の絵本が変革期にきている。
・ 日本語の伝承が危うくなっている。
 日本語を生き生きさせる「調べ」が失われている。
・ 絵を見せようとする絵本が多すぎる。
 物語を絵で語るということを忘れている。

日本の子どもの絵本を豊かなものに育て上げてくださった先生方が
今の日本の状況を憂いていらっしゃる。
途絶えさせてしまったのは私たちの世代なのだと、胸が痛む。

私が今やろうとしていることを、このまま進めてよいのかと自問する。

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小田原あたりの空(車窓より)

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上野の空
※いずれも接写モードのまま撮ってしまいボケボケ…。

秋晴れ


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事務所のある人工島の美点のひとつは、空が広いこと。
電信柱や電線が無く、道が広い。
自宅ではすぐ後に迫っている六甲の山並みもはるか遠く。

仰げばぐるっと見まわせる広ーい空!
青色と澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込もう。

夏休みの風景


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一見、プールみたいですが、さにあらず。
六甲アイランドの街の中心部を流れる人工川です。

本格的プールは、島の南の端に、「デカパドス」というのがあり、
この人工川は、もっぱら、近隣ちびっこたちの水あそびの場。
毎夏、大にぎわいです。

「プール」ではないけれど、「遊泳禁止」とも特に書いていなくて、
夏前には、すべての水を抜いての徹底そうじが行われています。
ゆるやかに暗黙に、水あそびしてもOKなのだと思います。(たぶん)

カラフルな水着や浮きぶくろの子どもたちが、バシャバシャしだすと、
六甲アイランドの夏!真っ盛り です。
(私も、飛び込みたい!)

ぼくはにんじゃになりたいです。


もうすぐ七夕。
六甲ライナー車中に、子どもたちの願いが書かれた
短冊が飾られています。

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  ぼくはにんじゃになりたいです。
  ぼくは、このちきゅうをへいわにしたいです。
  わたしは、ようちえんの先生になりたいです。
  ぼくは、空がとべるようになりたい。
  わたしは、きらりんレボリューションになれますように。
  はしるのがはやくなりますように。
  あいきどうが じょうずに なりますように。
  なんでも じょうずに できますように。
  しぜんのことを いっぱい知りたいです。
  そろばんが、早く3きゅうになりますように。

黒マジックでしっかり書かれた文字。

子どもの数だけ願いがあって、願いの数だけ未来がある。
願いは、歳とともに変わっていくかもしれないけれど、
  願いはかなう、実現できる
と 子どもたちが信じることができる世の中にしたいですね。

雨のにおい


あじさいの季節になりました。

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わが家の小さな庭の一隅を彩るのは、ガクアジサイ。
丸くぼんぼりのように咲くアジサイに比べると地味ですが、
すっきり美しい姿。

窓を少し開けて、
緑と土の入り混じった雨の匂いを胸に吸い込みます。
雨音に耳をすませていると、
鈍っていた五感がよびさまされる気がします。

「大丈夫」の源泉


今朝の神戸新聞文化面で、ご紹介いただきました。

藤嶋亨記者は、ピッケが未だグッド・グリーフ!のサイト内で
細々やっていた2005年にも、記事にしてくださいました。
今回あれこれ話した中で、取り上げてくださったのは、
私の「大丈夫」の源泉について。

例えば、震災後の瓦礫の中で、
例えば、事務所開いたもののお先真っ暗な状況の中で、
どうしようもない絶望感や喪失感が押し寄せた後、
一番根っこのとこで、なぜだか根拠なく「でも、大丈夫」って思える。
それがいったい、どこから来るものなのか。
(私は、人一倍の心配性の怖がりです。)

幼い頃、母によって育まれた核みたいなものが私の中にあるから。

歌ったり、絵本を読んでもらったり、
河原を走ったり、れんげを編んだり、
一緒に過ごした有形無形の時間。
そんな時間の積み重ね、注がれた言葉や愛情、その時の安心感が、
大人になって困難に直面したとき、「大丈夫」となって支えてくれます。

親子の時間を育むことに、
ピッケも一役かえたら、ほんの少しでも役に立てたら、
嬉しいなぁ と思っています。

5/19日神戸新聞 掲載記事は こちら >>