Monthly Archives: 12月 2020

「ピッケのつくるえほん」研修2回目@芦屋市役所


クリスマスイブの夕刻は、芦屋市での2回目の研修会。コロナ禍で平素に増してお忙しい中、こども園保育園の保育士の先生方がご参加くださいました。
子どもたちを、ICTと「創る」で出会わせてあげましょう、幼児期に言葉の楽しみにたっぷり浸してあげましょう、というお話をしました。

2時間の内半分を講話としたので、制作時間はわずか40分ほど。
ドングリを色とりどりに塗ってクリスマスオーナメントに。砂場でつくった大きな砂山をツリーに見立てて皆で飾り付け。など、日々子どもたちと接している先生たちならではの流石な視点がいっぱいでした。忘れ物を取りに夜の保育所へ出かけるとそこに居たのは…。ストーリーも見事です。日頃から絵本に親しんでいる皆さんゆえ表現も巧みで、例えば「一緒に遊びたいな」の気持ちを、泣き顔のアップ+雨 で表したり。

子育て支援課の方が、昨年度の精道こども園の子どもたち作の絵本を見せてくださいました。職員の皆さんで製本なさったそうです。

終了後、おひとりの先生から「5年前、大学の授業でピッケしましたよ」と伺ったのも、嬉しい驚きでした。

ご参加くださった先生方が「伝道者」となり、それぞれの園の先生方や子どもたちへお話づくりの楽しみを届けてくださることでしょう。私も後方支援しますね。

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「ピッケのつくるえほん」研修@芦屋市役所



来年度から芦屋市のこども園保育園でピッケが正式導入されることとなり、市役所で保育士の先生方を対象に研修をしました。子どもたちを楽しみで満たすお話づくりが各園で行われますように。

昨年度、精道こども園での先行お試し時の様子:
https://blog.pekay.jp/?p=7466
年長組担任の先生がそれぞれのクラスで実践。完成絵本は卒園式で保護者に手渡されました。題して「秘密の大作戦」。子どもたちからは何度も「内緒だよ」と念を押されたのでした。

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「ピッケのつくるえほん」ワークショップ@豊橋


12月12日土曜日、外国人集住地区へ出かけてのワークショップでした。
午前回はNPO法人フロンティアとよはしさん主催で、市営西部住宅の集会所にて。先月参加してくれた姉弟と常連姉弟、計4人が参加してくれました。換気、検温、手指消毒を徹底して。私も事前の2週間、人混みを避け毎日検温して備えました。
午後回は市民ボランティア主催で、県営岩田住宅の集会所にて。岩田住宅での開催は10か月ぶりです。自治会役員でもあるブラジルルーツの青年ブルーノさんが、解錠して待っていてくれました。
このコロナ禍で保護者の雇用状況など気になっていました。初回からずっと参加してくれていたブラジルルーツの兄妹は6月末に帰国したとのこと。お母さんの仕事がなくなり学校も休校となる中で、お父さんを残しての帰国を決めたのだそうです。ブルーノさんによると他にも帰国した家族が何組かあるそう。設営しつつブルーノさんご自身の状況などもお聞きしている内に定刻。伊藤孝良元図書館長の絵本による読み聞かせから始めました。
前日の金曜日は、岩田小学校の放課後子ども教室へも出かけたので、その続きをしたい子たちも来てくれたりで、途中どんどん増えて総勢19名。司書の田中さん(休務日)も応援に来てくださり大助かりでした。それでも手が足らずてんてこ舞いになりました。

5年生作クリスマス絵本

2年生作クリスマス絵本

新型コロナの感染状況により変更はありえますが、伊藤さんを核とした市民ボランティアによる活動として月1回のペースで開催予定です。次回は1月9日土曜日、午前は市営西部住宅、午後は県営岩田住宅、それぞれの集会所で開催します。

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「ピッケのおうち」が幕を閉じます


最初のピッケ「ピッケのおうち」が幕を閉じます。少し前からどのブラウザでも Flash Player をオフするよう促していますし、多くの環境で既にもう動いていないことでしょう。Good Grief のサイト内で細々と始めたのは、かれこれ20年前。昔語りは退屈かもですが、自身の区切りのために書き留めます。

20年前、ややもするとコンピュータは小さな子どもにとって良くない、与えるべきではないと言われていました。 確かに当時は、大きい子向けの戦う系のゲームやお勉強のための知育ソフトがほとんどで、小さな子どもが楽しめるものは見当たりませんでした。とはいえ、これからの子どもたちは生涯、コンピュータやインターネットと付き合っていくことになるでしょう。その最初の出会いを幸せなものにしたいと願いつくったのが、親子であそぶWebsite「ピッケのおうち」でした。無いならつくろうとしたのです。

ICTへのネガティブな見方、懸念を、払拭したいという思いもありました。
80年代はパソコン(AMIGA)、90年代はSGIワークステーションで 3次元コンピュータグラフィックスでの「創る」に夢中になった私にとって、ICTは創造をエンパワーしてくれる頼もしい味方でした。ICTは「創造」をより自由にします。きっと将来、子どもたちそれぞれの得意や好きと結びついて世界を拡げてくれるでしょう。その可能性を低く見誤り、旧世代の狭い了見で遠ざけてしまうのは、もったいなすぎます。

1995年私の住む神戸は大きな地震に見舞われました。震度7に揺さぶられ、いろんなモノが覆りました。見慣れた街並みも、自分の内面も、大きな音をたてて。
元からその傾向はありましたが、効率重視の消費社会が意味ないものに思え、単なる「商品」をつくる気がすっかり失せてしまいました。

交通が遮断され自宅のライフラインも復旧せずホテル暮らしが続く中で、一部区間が復旧した電車とバスを乗り継ぎ、久しぶりに帰宅できることになりました。
三ノ宮駅までは電車、行列に1時間並んで臨時バスに乗り換えます。灯りのない真っ暗な闇の中を、地球が怒りをあらわにしたかのようなむきだしの傷口を走る車中で、乗客はみな無言です。車窓から変わりはてた街並みを眺めるとき、どうしようもない喪失感に襲われました。でもその直後、「でも大丈夫」と思える何かが、みぞおちのところに沸々と湧き上がってきたのです。まるであたたかな太陽が昇るように。自分でも思いもよらぬことで、この根拠のない「大丈夫」は、一体どこからきたのだろうかと不思議でした。その源泉は、幼い日に注がれた有形無形の愛情で培われたものにちがいなく、自分の根っこにそれが在ることに、私は深く感謝しました。

これからの自分の時間をどう使おうか…。
お気楽な理想主義者、偽善と言われても、自分の時間を社会を良くすることに費やしたい。何も大きなことではなく、身の丈にあったことで。
震災時すでにフリーランスではありましたが、企業のプロジェクトに関わっていたこともありすぐとはいかず、数年かけ少しずつシフトして、2001年に自分の事務所を開いた辺りから気持ちに沿う生活となりました。その頃ピッケも始めました。
子どもを幸せにすること、子どもたちに「大丈夫」の源泉を育てることに、ささやかであっても役立ちたい。そう願い続け、今に至っています。とは言っても大してできているわけでもなく、ご一緒できる仲間のいるごく限られた場で、小さく続けているだけですけれど。

かつて「ピッケのおうち」で遊んでくれた子どもたちの中には、きっと成人を迎えた人もいますね。2005~13年に常設されていたキッズプラザ大阪で、あるいは、2007年12月からの2年間「キッズ@nifty」公式コンテンツとして、幼児~小学生だった世代に一番あそんでもらったかなと思います(昔はインターネットを、契約している ISP – Internet Service provider – のWebsiteを入口に使うのが主流でした)。何年か前に、男子大学生から子どものとき毎日あそんでたとメッセージ届いたのは嬉しかったな。ピッケと遊んでくれた子どもたち、ありがとうございました。
寂しい気持ちはあるけれど、役目を終えたと感じます。

一方「ピッケのつくるえほん」のお話づくりは、まだまだ役目があると思っています。「ICTで創ろう。子どもたちに物語る楽しみを」これはしつこく続けます。

親子であそぶインタラクティブ絵本「ピッケのおうち」 12月31日まで
https://www.pekay.jp/house/

こんな感じでした。
おうちステージでの遊び(movie 1分30秒)

リズムのもりステージ(movie 1分52秒)

もし未だ Flash Player をオフにしていない奇特な方がいらしたら、マウス操作のパソコンで「 Flash Player を許可」すると12月末まで動きます。