友人のみやばら美かさんが、
昨年夏の帰省時に、4歳の姪っ子さんとのピッケ体験談を、
mixiの日記に書いてくれました。 (以下、許可を得て転載。)
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ピッケのおうちが住み着く
「こんどはわたしが、かくれるね。」
姪と遊んでいるようにみせかけて、反応を観察していて私は固まった。
ピッケは隠れることができても、隠れている姪を探すことはできないのだよ。とは言えないし…。
いままで大人でも十分楽しめるのでひとりでピッケを楽しんでいた。
子どもがどんな反応をするか見てみたかっただけなのに、
これは…私が試されている!
「ピッケがかくれたいって言ってるよ。」と一度目はごまかせた。
「どんなダンスがいいか言ってください。」
「どうしてさみしいの?」
「どんな歌がいいか聞いて。」
どうやら私をピッケとの通訳者だと思っているらしい。
そんなことわたしゃ知らないよ。と流石に4歳に言えない。
これは、子どもは楽しく遊び、大人は創造的な言葉を鍛えるものだと思う。
違うことを考えていて吹き出しを読まなかったら
「ちゃんと読んでよ」と怒られるし子育てとは大変なものだ。
「ピッケ今なにしてるかな~?」
と姪が頃合いを見計らって何度も言ってくる。
終わりにするときにピッケが眠たいと言ってねてしまうから
彼女のなかでピッケは生きている。
昔でいうならば座敷わらしみたいな存在だと思う。
普段目には見えないが、どこかでこちらを見ている。
昔と違うところは、こちらからアクセス可能なところだろうか。
彼女の父親である兄にピッケのアドレスを教えたとき
兄は「文章も読んでくれればいいのに」と言った。
すかさず母が
「これは親が読んで意味があるもんだ。子育てを怠けるな」
と一喝していた。
母にはtamieさんの作った意図は何も説明していない。
私はこの人に育てられたよ…と観念した。
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みやばら母サマ、恐れ入りました。
そして、お正月の日記にも。
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半年ぶりに会った姪が私の顔を見るなり、笑顔で
ぶたちゃんに会いたいのと言う。
ぶたちゃん??…
あぁ!ピッケか!四歳の子供が半年間覚えているとは
ピッケ恐るべし。
姪は母親に歯磨きをしてもらっているときに嫌がって
「読み込み中」とわめいていた。
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日記の内容も、これを書いてくれたことも嬉しくて、
よし、今日も作るぞー! という気持ちになります。
みやばらさん、アリガトウ!
うっぐ という、進めない、押さえつけられた感じを
とっさに「よみこみちゅう!」と表現したのですね。
…想像図です。
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